名言に自分を想う!

♪優しさなんて臆病者の言い訳だから♪っと歌われた昔憧れたフォークソングの一節が何故か急に思い起こされて←旧宅での除草など野良作業中に)確かに自分は優柔不断で自己決断力はなくて▶︎他人の言うナリにフリを見ながら追随して活きて来た気がしましたが気が小さくて臆病だったので他人にはそれが逆に優しさとして伝わっていたのかもしれません!昔は母親が「この子は虫も殺さないほど優しい子なんですよ!」っと他人に我が子を紹介した記憶がありましたが正に《優しさなんて臆病者の言い訳》にしか過ぎません!今この歳になって感じるのは本来の優しさとはただ相手の心⇔気持ちを重んじて それに相当した態度でコチラの気持ちを伝える事!に尽きると思いますが若い時はともかく目の前の現実を優先させなければならないのでこんな悠長な事は言ってられませんが高齢になると他人の心情がよく理解できる様になって主に同年輩の方々との交流がスムーズで快適になったのを感じてますがその源は▷自分が他人へ▷相手が自分への真の優しさを表現?できているからに他なりません!思いやりとも言える優しさは野花に対しても自分の趣向都合ですが偏見?の思い込みで数日間その手入れだけで野良作業をしましたがこの緑が黄色な小花で荒れた空き地を埋め尽くすのを楽しみにしてますが旧宅を近隣に配慮して←優しさ)の事ですが裏からみればコレも自己顕示欲の一環w優しさを年寄りの言い訳にしてはイケマセン⁈

《間もなく黄花が点灯し始めます》

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