(続き)になりますが東京に住んで居ながらまだスカイツリーはもちろん東京タワーにも登った経歴はなくて→わざわざ東京見学見物に出かけてくる地方の方々と同じ好奇な目線で行き交う黄色なハトバスや隅田川の流れには屋形船を見る事もあって年に数回訪れる都心部への関心は多いに健在ですが元々都会暮らしの人にとっては当たり前の風景で何の刺激にもならない?のでしょうが生きている実感とは自分が東北への遠征仕事で味わった?非日常の体験と同じでたとえ仕事でも居環境の変化はちょっとオーバーかもしれませんが、この歳になると尚更のこと生きている実感⇄証と捉えられるのです!変に理屈付ける必要もないのですが▷都会とは?▷地方(田舎)とは?こんなタワーの様にココだけにしか存在しない施設や名所旧跡などは別にして現代では人々の暮らし方はほぼ全国一律?国内での人的交流移動は交通通信の発達で北海道に住んでいる義孫との顔を見ながらのリアル会話も可能な時代に『練馬の田舎者でございます』などと時代錯誤も甚だしい話題を記しても若い人からみたら「意味不明!」と深意を理解いただけないのでしょうし、同年代にしても今更田舎者など存在しない!と失笑されるかもしれませんが自分としては見栄?を張ってでも田舎者のソシリは免れたいと願うのです!
《たまに見るから存在感⁈》