開き直りの人生!

東京に移住してこの6月でメデタクも45周年!田舎者としては都心部への居住は▷車の運転はあまりにも違う道路事情でとてもムリ▷殺伐とした近隣住民との触れ合い助け合いもないだろうとの勝手な思い込みから初めから嫌煙して当時としてはかなり郊外感があった練馬の石神井公園駅に降り立ったのですがケッキョク仕事先の会社が新宿二丁目大都会もいい所!住んでたアパートから十数キロの道のりは会社の車でご通勤社長は地元に産まれ住む都会っ子で知り合いも多くて新宿は下町情緒?が残る田舎より気さくな?人的交流が多くあって車の運転にもすぐに慣れて他人にも馬の目を抜く程の緊迫感は無しwそんな影響で沖縄や北は岩手県から上京した方々と知り合いになって連鎖的に人の輪は当時かなり広がりましたが飲み屋さん専門店舗改装業者→建具屋さん→街の建設会社←人の縁というものはどこか一つ欠けても有り得なかった人間関係→自分としては唯一都心部の東京ドームの少し手前の文京区水道という地名のところにある得意先は同じ歳の社長が経営する建設と名乗っていますが街の工務店もう三十年来のお付き合いがあって今でも年に数回 移住当時あれほど嫌った?都心部へのお仕事!一昨日からなんと木工事の手伝いしかも二階屋根上で葺替え工事の下地作りの作業←運動神経は自慢の鈍さマシテ高所での作業などトンデモないと断りましたが屋根勾配が緩く何事も深く考えないおぼっちゃま育ちの社長に軽く誘導?されて板金屋さん親子と4人で二日間で昨日ご覧の通り終了!新宿区矢来町という場所ですが神楽坂の奥?狭小路地には お屋敷 神社 寺なども在って江戸の面影が残る目白台地の一角で工務店からは車を乗り換えて現場に向かいましたがコロナ禍で経済はダウン賃貸ビルの入居率が低迷?していると云うのにイタルところでビルの建築現場があり運転の社長曰く→以前コインパーキングだった所は整地されて建築予定の看板が建っているとの事!この騒動で住み難くなった東京から脱出する人が増えているとの情報もあって整合性のない現状を見ましたが自分は例えば老朽化したマンションのリフォームなどで都心部に来るたびの不安はもし大震災に遭ったらどうしようかとの思い!は数年前までありましたがもうこの歳になってからは開き直って在らぬリスクを気にして暮らすより過去はどうでも今生きてる自由を謳歌?して未来を夢見る必要も無し!今を明日を愉快に快活に時の流れ人的交遊?に身を任せるのです!

《屋根の上のバイオリンではナク板弾き⁈》

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